東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9523号 判決 1970年2月10日
原告 日本地金株式会社
右代表者代表取締役 寺田安男
右訴訟代理人弁護士 宮原三男
被告 城北精密鋳造株式会社
右代表者代表取締役 吉田富治郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 義江駿
同 山川恵正
主文
一、被告らは各自原告に対し、金一四、五六三、六四二円およびこれに対する昭和四〇年一一月七日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。
二、原告の別紙一覧表(一)の13、16、28表示の手形についての手形請求およびその原因関係に基づく請求ならびに事実の部一、の(三)摘示の売買代金の請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
一、原告訴訟代理人は主文第一、三項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は、被告城北精密鋳造株式会社(以下単に被告会社という。)の振出した別紙一覧表(一)記載の約束手形二九通金額合計金八、四三七、二〇一円および別紙一覧表(二)記載の約束手形七通金額合計金二、〇〇〇、〇〇〇円の所持人である。
(二) 原告は被告会社に対し、いずれも弁済期、利息を定めずに、左のとおり、合計金三、四五五、四一一円を貸付けた。
(1) 昭和三八年七月三〇日に金一、〇五〇、〇〇〇円
(2) 同年八月一二日に金一、〇〇〇、〇〇〇円
(3) 同年同月一七日に金九五〇、〇〇〇円
(4) 同年一月から昭和三九年二月一五日までの間に合計金四五五、四一一円
(三) 原告は昭和三八年一二月上旬から昭和三九年二月一〇日までの間に被告会社に対し、アルミ合金塊、鉛等を売渡し、その代金の合計は金六〇二、三七〇円である。
(四) 原告は昭和四〇年一〇月二三日、訴外日本原料商事株式会社から、同会社が昭和三八年七月二五日に被告会社に売渡した亜鉛合金地金の代金債権金六八、六六〇円を譲り受けた。右訴外会社は右の債権譲渡の日にその旨を被告会社に通知し、その通知はその頃被告会社に到達した。
(五) 被告吉田富治郎は昭和三八年七月一五日原告に対し、被告会社が原告に対し現に負担しもしくは将来負担すべき一切の債務につき連帯保証をすることを約した。
(六) 原告は地金類等の販売を、被告会社は鋳造物の製造等を、それぞれ業とする会社である。
(七) よって原告は被告ら各自に対し、前記(一)ないし(四)の各債権の総計金一四、五六三、六四二円およびこれに対する各履行遅滞の後である昭和四〇年一一月七日(本件訴状送達の翌日)から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一) 原告の請求原因として主張する(一)ないし(六)の事実をすべて認める。しかし、次のいずれかの理由により、被告らは原告に対しその主張の金員を支払う義務を負わない。
(二) 原告の代表者である寺田安男は昭和三八年九月九日以降被告会社の取締役を兼ねている。そして、原告主張の各債権の内、右の日以降に被告会社と原告との間の取引によって生じた分、すなわち、別紙一覧表(一)記載の約束手形金債権および原告主張の(三)の売掛金債権については、その取引につき被告会社の取締役会の承認をえていないから、右の取引はいずれも無効であって、原告はその取引に基づく債権を有しない。
(三) また、昭和三九年二月二一日に、原告は被告会社の全債権とともに被告会社との間で、被告会社の債務の内七割に当る分を免除し、残りの三割についてはあたらしく設立される三和工業株式会社において設立後一年を経過したときに重畳的に引受ける旨の契約を締結した。したがって、原告主張の債権中、その七割に相当する分についての請求は理由がない。
三、原告訴訟代理人は被告らの抗弁に対し次のとおり述べた。
(一) 被告らの主張事実のうち、原告の代表者である寺田安男が被告ら主張の日以降被告会社の取締役を兼ねている事実および被告ら主張の各取引につき被告会社の取締役会の承認がなされていない事実はいずれも認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 右寺田安男は被告会社の債権者の代表者として被告会社の業務の執行を監視する意味で名義上の取締役になったものに過ぎず、被告会社の取締役としてその業務の執行に直接あたったものではなく、被告ら主張の取引につき被告会社の取締役として何ら関与していないから、この取引につき商法第二六五条を適用すべき余地はない。
(三) 別紙一覧表(一)記載の約束手形は、昭和三七年一二月二一日から昭和三八年九月八日までの間に原告が被告会社に売渡した亜鉛合金塊、アルミ合金塊、鉛等の代金債務を決済するために振出されたもので、手形振出の原因となる取引はいずれも寺田安男が被告会社の取締役に就任する以前に行なわれたものである。したがって、右の取引は取締役の自己取引にはあたらないから、これを原因とする手形振出行為を無効とすべき理由はない。
(四) 仮にそうでないとすれば、原告は被告会社に対し予備的に、右の手形についてはその振出の原因関係に基づいて手形金と同額の金員の支払を求め、更に、右の原因関係の契約も無効であるとすれば、その結果被告会社が不当に利得した右手形金相当額の返還を求める。また、原告主張の(三)の売掛代金六〇二、三七〇円については、もしその売買契約が取締役の自己取引として無効であるとすれば、被告会社は法律上の原因なくしてその買受商品を利得し、代金相当額の損害を原告に与えているというべきであるから、予備的に不当利得返還請求として被告会社に対し右と同額の金員の支払を求める。
四、被告ら訴訟代理人は原告の予備的主張に対し次のとおり述べた。
原告主張の(三)の事実の内、別紙一覧表(一)記載の手形がいずれも原告主張のような合金類の売買代金の支払のため振出されたものであること、および右手形の内13、16、28を除くその余の手形振出の原因となった取引が昭和三八年九月八日以前に行なわれたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。右三通の手形はいずれも昭和三八年九月九日以後になされた売買代金支払のために振出されたものである。
五、≪証拠関係省略≫
理由
原告の請求原因として主張する(一)ないし(六)の事実はすべて当事者間に争いがないので、被告らの抗弁について検討する。
原告の代表者である寺田安男が昭和三八年九月九日以降被告会社の取締役に就任している事実ならびに右の日以降になされた別紙一覧表(一)記載の約束手形二九通の振出および原告主張(三)の合金類の売買について被告会社の取締役会の承認がなされていない事実は当事者に争いがなく、被告らは右の事実に基づいて右の手形振出および売買契約が商法第二六五条によりいずれも無効であると主張する。
しかし、先ず右の手形の内13、16、28の手形を除く二六通の手形がいずれも昭和三八年九月八日以前に原告と被告会社との間に行なわれた原告主張のとおりの売買契約に基づきその代金支払のために振出されたものであることは当事者間に争いのないところである。そして、このように手形振出の原因債務が原告代表者の被告会社取締役兼任以前に成立し、その既存債務の履行のために手形が振出された場合には、振出のときに右の取締役兼任という事実があっても、手形振出により被告会社に損害をおよぼすべきおそれはないといえるから、手形振出につき取締役会の承認を要しないと解するのが相当である。したがって、前記二六通の手形振出を右の承認がない故に無効であるとする被告らの抗弁は理由がない。
次に、前記13、16、28の三通の手形についてはその振出の原因となった取引が昭和三八年九月八日以前に行なわれた事実を認めうる証拠はなく、かえって≪証拠省略≫によると、右三通の手形はいずれも昭和三八年九月九日以後に被告会社が原告から買受けた合金類の代金支払のために振出されたものであることを認めることができる。そうすると、右三通の手形振出は、被告会社の取締役会の承認をえていない以上無効であるといわざるをえない。原告は、被告会社の兼任取締役である寺田安男は被告会社の業務につき何ら関与していない旨を主張するけれども、仮にそのような事情があるとしても、右寺田が当該取引の相手方である原告の代表者である以上、その取引によって原告のみの利益がはかられ被告に損害をおよぼすおそれがないとはいえないから、この取引につき商法第二六五条適用の余地がないとする原告の主張は採用しがたく、この点に関する被告らの抗弁は理由があるとなすべきである。したがって、右三通の手形に関しては、その振出の原因となった売買契約もその代金支払のための手形振出もともに無効であるというべきであるが、そうすると、被告会社は右の売買による品物を受けとり(この事実は当事者間に争いがない。)ながら、その代金の支払もそのために振出した右三通の手形金の支払も免れることとなり、その結果、右手形金と同額の利得をえてこのために原告に同額の損害を与えることとなるといわねばならない。また、原告主張の(三)の合金類の売買についても、右と同様の理由により、右の売買契約は被告会社の取締役会の承認を欠くため無効であるが、その結果被告会社は右売買の目的物の代金相当額を利得し原告に対し同額の損害を与えているものというべきである。
次に被告らは被告らの債務の一部が免除された旨を主張する≪証拠判断省略≫。かえって、≪証拠省略≫によれば、被告会社の倒産に際して開かれた債権者集会において、被告ら主張のような債務弁済に関する提案がなされ、これに賛成した債権者も相当数いたけれども、大口債権者の一人である原告はこれを承諾するにいたらなかったことを窺いうるから、被告らの前記抗弁は採用することができない。
以上のとおりであるから、結局、被告会社は原告に対し左記の金員を支払う義務があり、被告吉田は被告会社の連帯保証人として右と同様の金員を支払う義務があるといわなければならない。
(一) 別紙一覧表(一)記載の約束手形の内13、16および28の各手形を除いた二六通の手形金の合計金七、二〇六、二三一円
(二) 不当利得の返還として前記三通の手形金相当額である金一、二三〇、九七〇円
(三) 別紙一覧表(二)記載の約束手形金の合計金二、〇〇〇、〇〇〇円
(四) 原告主張(二)記載の借入金の合計金三、四五五、四一一円
(五) 不当利得の返還として原告主張(三)の売買代金相当額である金六〇二、三七〇円
(六) 原告主張(四)記載の売買代金六八、六六〇円
(七) 以上(一)ないし(六)の各金員の合計金一四、五六三、六四二円に対する各債務の履行遅滞の後である昭和四〇年一一月七日(この日が本件訴状送達の翌日である事実は記録上明らかである。)から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金
よって、原告の本訴各請求を右(一)ないし(七)の範囲で認容し、右の(二)に関する手形金請求およびその原因関係に基づく請求ならびに右の(五)に関する売買代金請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 秦不二雄)
<以下省略>